聖徳太子の予言が怖すぎる…日本が八つ裂き?2019年になにが起こるの?

聖徳太子の予言が怖すぎる…日本が八つ裂き?2019年になにが起こるの?

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日本なら授業で一度は耳にする聖徳太子。

実は予言者としての一面があるのをご存知ですか?

その予言が今の時代にまで続いていて、日本が酷い目に合うという内容だったら…あなたは信じられますか?

今日は聖徳太子が予言した内容について紹介します。

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聖徳太子伝説

聖徳太子には不思議な力が備わっていたという数々の逸話や伝説があります。

豊聡耳(とよとみみ)

これが聖徳太子の逸話の中で一番有名な話だと思います。

人々の請願を聞いた際に10人から一度に話かけられたものの、聖徳太子は全ての請願を一言一句漏らさず理解し、それぞれに的確な答えを返したという逸話です。

これにより、聖徳太子は豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)と呼ばれるようになりました。

片岡山伝説

聖徳太子が片岡山を通りかかった時、ボロボロの服を着て痩せた男が道端に倒れていました。

不憫に思い水と食料を渡し、自分が着ていた服を渡します。

聖徳太子は宮に戻ってからも片岡山で倒れていた男が気になり、一日中顔が浮かぶほどで仕事も手に付かない状態になります。

そこで片岡山に人を遣わし様子を見に行かせると、男は既に息絶えていたと告げられます。

聖徳太子は悲しみ、遺体をその場に埋葬させ墓を作るように命じます。

しかし、それからもずっと男が頭から離れず「あの人は普通の者ではない。真人にちがいない」という結論に達し、墓を再度、使者に見に行かせます。

すると墓はもぬけの殻で、墓を動かした形跡もなく墓の上には倒れていた時にかけてあげた衣がたたんで置いてあったというのです。

太子は再び使者を行かせて、その衣を持ち帰らせ、いつものように身に着けます。

人々は不思議に思い、「聖(ひじり)は聖を知るというのは、真実だったのだ」と語って、ますます太子を畏敬する結果となります。

飛翔伝説

聖徳太子が諸国から良馬を数百匹献上させ、その中の白い甲斐の黒駒を神馬と見抜き、飼養させる命じます。

その後、黒駒に試乗すると馬は天高く飛び上がり、太子と調使麿を連れて東国へ赴き、
富士山を越えて信濃国まで至ると、3日を経て都へ帰還したそうです。

このようなエピソードがありますが、全て最初から太子が全て知っていたのではないかという説もあります。

10人の請願を最初から知っていたから全てに的確な答えが出せたのでは?倒れた男が最初から普通の人ではないと知ってたのでは?神馬が混じっていることを最初から知っていたのでは?ということです。

実は日本書紀に聖徳太子が未来を見る能力があると記載されているんです。

聖徳太子の3つの予言

多くの予言をした聖徳太子ですが、その中でも注目すべきなのが3つの予言です。

平安京の設立

自分が死んだ後、200年以内に一人の聖皇が都を作る。そこはかつてない壮麗な都になり戦乱を十回浴びても、それを越えて栄え、千年の間都として栄える。

聖徳太子の没年は622年とされていて、平安京ができたのは794年、200年以内というのも当たっていますよね。

黒船来航

しかし一千年の時が満ちれば、黒龍(黒船)が来る。

黒船来航は1853年。

1000年以上、戦乱を繰り返しながらも栄えていましたがペリー率いる艦船4隻が来航しました。

当時の人でさえ予想できなかった事態を、1000年以上前に予言していたのです。

首都が東京になる

黒龍(黒船)が来るため、都は東に移される。

黒船が来航し、日米和親条約を調印し外交関係を結んだ後、1868年、東京奠都が行われ東京が誕生します。

その200年後にクハンダがくる?

実はこの予言には続きがあり、「それから二百年過ぎた頃にはクハンダが来てその都を汚すため、その東の都は親と七人の子供のように分かれるだろうという内容になっています。

クハンダは仏教用語で悪い鬼を指します。

死者の魂を吸う、人を苦しめる神、人の精気を吸う鬼神など紹介されています。

200年というと2068年。

1000年という予言には59年の差異があったので、この前後ではないかといわれています。

また、聖徳太子が建設した五重塔には釈迦入滅から数えて2500年までの命運を暗示しているといわれています。

その予言が「戦争や争いが盛んになり 白法(びゃくほう)が沈む(釈迦の死後2500年)」という予言です。

釈迦の入滅の時期には諸説ありますが、483年、484年、487年が濃厚と今までいわれていて、そのため2013年、2015年、2017年がそうではないか?といわれていたのですが、釈迦の入滅の時期って紀元前500年~紀元前480年の間、実は300年もありえるんじゃね?と結構アバウトなものらしく、はっきりわかっていないそうです。

そのため、近々クハンダが来襲してもおかしくないという事になります。

来年の2019年は4月30日に平成天皇の退位の儀式が執り行われ、5月1日に新天皇の即位式が行われます。

実質的に僅かながら空位が生まれる事になりますが、これはあまり良くないとされていて、2019年のそのタイミングでは?と最近では噂されています。

クハンダの正体は?

クハンダは周りも黒く汚染させる性質があるなどといわれており、原発事故があった影響で放射能では?と予想される事が多いのですが、核戦争、また核戦争による放射能汚染なども合わせて予想の対象になっています。

その他、日本は地震大国という事もあり、南海トラフ地震、富士山噴火、第三次世界大戦なども候補にあがっています。

聖徳太子の記した未来記

聖徳太子が予言を記述した未来記というものがあるといわれていますが、これはその時代、時代で形を変え実態はなく、偽書であるといわれています。

しかし、四天王寺に受け継がれていて、ある役職に就いた者のみ中身を知る事ができるというまことしやかな伝説も存在しています。

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、南朝側の忠臣である楠木正成は未来記を閲覧することを許可され中を見たところ、このような事が記載してあったといいます。

人王九十五代に当たり、天下一たび乱れて主安からず。
この時、東魚来たりて四海を呑む。

日、西天に没する三百七十余日、西鳥来たりて東魚を食う。

そののち、海内一に帰すること三年、獼猴のごときもの
天下をかすむること三十余年、大凶変じて一元に帰すなり。

これを訳すと

人皇・第95代のとき天下は乱れて、天皇の地位は安泰ではなくなる。
このとき東の魚が四海を飲み込み、天皇の権力は370日余にわたり失われる。
そこで西の鳥が東の魚を食べてしまい、その後、3年の間、世の中は治まる。
そこへサルのような者が現われて、天下を30余年にわたりわがものとする。
そしてこの大凶変は、一つに統一されて終わる。

後醍醐天皇の復帰とその親政を読み取る様が記されていたそうです。

現在、存在しているかどうかはわかりませんが、政治的なプロパガンダに使われる用途の方に重要性があったように感じます。

子孫は残らないことも予言

聖徳太子は「私はまもなく死ぬし、子孫は一人も残らない」そう予言していて、自分の死期や子孫が絶える事も予言していたといいます。

日本ではじめて風水を取り入れたのが聖徳太子だともいわれています。

普通であれば子孫繁栄を風水で取り入れるはずなのに、逆に子孫が絶える相になるように墓を建てるように伝えていたという話もあります。

これは現実のものとなり、643年には子孫が自ら命を絶つ結末を迎えました。

太子がなぜこれを望んだのは謎ですが、それは近々の未来を見てのことなのか、将来の日本を見てのことなのか、もし後者だとしたら、これから先にどのような事が待っているのか、現代に生きる私たちは少し恐怖を感じてしまいますよね。

今後、太子の予言は的中するのでしょうか。

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