童謡「かごめかごめ」の歌詞の意味が怖い…。隠された本当の真実とは(都市伝説)

童謡「かごめかごめ」の歌詞の意味が怖い…。隠された本当の真実とは(都市伝説)

かごめかごめといえば子供の頃に一度はやった事がある人も多いのではないでしょうか。

童謡の中でもかなり有名ですよね。

童謡とは言いますが、かごめかごめは童歌(わらべうた)に属するもので、厳密に言えば童謡ではありません

昔から子供の間で歌われてきた「自然童謡、伝承童謡」と呼ばれるものです。

子供の間で歌い継がれてきた童歌ですが、なぜか歌詞や曲調に怖いというイメージを持つ歌が多くありますよね。

かごめかごめはその代表ではないでしょうか。

歌詞もどことなく不気味で、かごめかごめには色々な説が都市伝説的に噂されているので紹介したいと思います。

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かごめかごめの歌詞

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まずは、おさらいという事でかごめかごめの歌詞を見てみましょう。

かごめかごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるとかめがすべった
うしろのしょうめんだーれ

これが一番有名な歌詞だと思いますが、実はかごめかごめは地方で歌詞が異なります。

鶴と亀が滑ったの部分がつるつる滑ったであったり、夜明けの晩にが夜明けの番人だったりします。

かごめかごめの歌自体は江戸中期頃からあったとされていますが、最初に歌われていた歌詞は現在の歌詞とは少し違います。

その当時の歌詞は以下の通り。

かごめかごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるつるつっぺぇた
なべのそこぬけ
そこぬいてーたーもれ

1820年に編纂された「竹堂随筆(ちくどうずいしゅう)」で昔の歌詞を確認する事ができます。

また、その後の1915年に刊行された「俚謡集拾遺(りようしゅうしゅうい)」では

かごめかごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるつるすべった(ツルツル辷(つ)ウベッた)

このように現在歌われている歌詞にかなり近いものとなっています。

鍋の底抜けが夜明けの晩に変わっていますね。

この時点では鶴と亀は登場していません。

鶴と亀が出てきたのは明治末期以降であると考えられています。

かごめかごめの遊び方

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①ジャンケンでオニを1人決めます。

②オニは目をふさいでしゃがみます。

③他の人は手を繋ぎオニを囲み歌いながら回ります。

④後ろの正面だーれが終わった後にみんなその場にしゃがみます。

⑤オニは自分の後ろの人の名前を当てます。

⑥名前が当たると今度は当てられた人がオニになります。

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流産説

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これが一番有名な説だと思います。

かごめ=籠目=お腹の中

かごめ=籠女=籠を抱いているような女性の姿(妊婦)

かごのなかのとり=お腹の中の赤ちゃん

このように歌詞を解釈した説になります。

これをかごめかごめの歌詞に当てはめると

お腹の中、お腹の中
お腹の中の赤ちゃんは
いつ出てくるのだろう
真夜中過ぎに
母と子は突き飛ばされて転び流産した
押したのは誰?

これにも色々な俗説があり、縁起が良い代名詞である鶴と亀が滑る=悪い事が起きると解釈され、籠目(妊婦)が流産したという意味でも捉えられます。

真夜中過ぎに後ろから階段で押され、転がり落ちて子供を失った母親の恨みを歌った歌と紹介される事が多いです。

遊女の悲劇説

籠目は牢屋を指すと捉えた説です。

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昔、遊郭では牢屋のような格子越しに待機する事が常でした。

そのような様子から

牢屋、牢屋
自由のない遊女
いつ自由を手にする事ができるだろう
一日中
男性の相手をさせられる
後ろにはもう次の相手が

長く続く遊女の生活を憂いた歌である説です。

囚人説

先ほどと同様にかごめを牢屋として捉えた説です。

牢屋に誰か来た
牢屋に囚人が捕らえられた
いつ外へ出られるだろう
そんな時間は来ることはない
どうやら処刑されたようだ
落ちた首は後ろと正面どちらを見ているのだろう

また、かごめかごめを回りが取り囲んだ様を表していると捉え、罪人がかごに入っているところを周囲の人が取り囲んでいる様子を表しているとする説もあります。

どちらにしても、最終的に処刑された後に後ろの正面誰?と問いかける様子が共通しています。

徳川埋蔵金説

埋蔵金は昔から暗号として後世に残すという事で、暗号を童歌としてわざと流行るように広めたという説です。

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籠目は籠の編み目の事で、ここにできる模様が籠目紋です。

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六芒星の方がわかりやすいかもしれませんが、籠目の中にこのような模様ができていますよね。

この紋を徳川家康と縁のある神社や仏閣を線で結び、中心となった場所に埋蔵金が隠されているといわれています。

歌詞は埋蔵金を隠した場所を示すもので

かごめかごめ=模様

かごのなかのとり=籠目紋の中の鳥居

夜明けの晩=日が昇った時にできる晩=影

鶴と亀=日光東照宮の鶴と亀の銅像

後ろの正面=鶴と亀の銅像が朝日に照らされて影が差す方向

このような意味になります。

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6つの線を結ぶ場所については諸説あり、どの神社仏閣を結ぶかははっきりとわかっていませんが、日光東照宮が中心になるのではないかとネットでは多く紹介されています。

実際に日光東照宮には鶴と亀の銅像があり、その銅像が影が差す方向には徳川家のお墓があって、その奥にはほこらがあります。

そのほこらには籠目紋が刻まれているのですが、上の三角だけがありません。

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つまり、これは下を指し示しているという事で、そのほこらの下に埋蔵金が埋まっているのではないかといわれています。

徳川家に仕えた有名な忍者の服部半蔵は、松尾芭蕉だったという説がありますよね。

このかごめかごめを広めたのは松尾芭蕉で、埋蔵金の場所がわからなくならないように全国に広めていたのではないか等の説もあります。

しかし、なぜそのように場所がわかっているのに掘り起こさないのかという疑問が浮かぶと思いますが、それを完璧に反証できるような説はありません。

歴史が変わってしまう恐れがあるなどといわれていますが、事実であれば考古学者も黙っていないと思いますし、国としても歴史の裏付けとして確認しておきたいはずです。

それをしないという事は、やはり噂は噂なのかもしれませんね。

神託や仏教の教え説

かごの中の鳥=肉体に閉じ込められている様

いついつ出やる=いつ肉体を捨てる事ができるか

鶴と亀がすべった=陰と陽が統べる=悟った時

うしろの正面だあれ?=自分とは何か

このような精神的な話を歌っているのではないかという説です。

元々、かごめかごめは修行僧が作ったもので、仏教でいうところの「苦」や煩悩などに縛られた肉体を捨て、解脱へ至る事を指しているのではないかという説です。

かごめかごめは江戸時代から存在したとされていますが、江戸時代の仏教は民衆支配の一機構として機能していました。

民衆の中でも深い信仰に生きた人もいたらしく、そのような生活の中で流行したというのもあり得るのかもしれません。

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怨念説・征服説

ヤマト王権が誕生する前後、藤原氏に抹殺された諸豪族の怨念を裏に秘めた歌であったとする説です。

鬼とは朝廷に対して従わない人々を指し、オニを皆で取り囲むというのは先住民族を包囲する事を表します。

その囲みの中で一人座り込むような状況となり、多勢に無勢でついには征服されてしまうというものです。

日本でも原始的な信仰である「山岳信仰(修験道)」の中で、修験者が全国へ広めた事により歌われるようになったのではないかと考えられています。

その他の説

・芦名埋蔵金の隠し場所を示す歌説
「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名で、埋蔵金の隠し場所を示しているという説です。

・明智光秀・南光坊天海同一人物説
鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他に敦賀と亀岡の意味もあり、山崎の戦いに敗れた後も生き延びた明智光秀が姿を変えて南光坊天海となった事を示唆しているという説です。

・豊國廟(秀吉の墓所)説
徳川家康を神格化する際に邪魔となった豊臣秀吉を神の座から引き摺り降ろす為に行われた、豊国神社の打ち壊しと、秀吉の棺を掘り返して庶民と同じ屈葬にして埋め直した事件を表したとされる説です。

かごめかごめの歌詞の解釈例

かごめ

・籠目、竹で編まれた籠の編み目

・籠目門(六芒星)、魔除け

・籠神社

・囲めが訛りかごめ

・屈めが訛りかごめ

・籠を抱いているような姿の女性=妊婦

・籠の中(檻の中)にいる女性

・遊女

かごのなかのとり

・夜明けの番人=ニワトリ

・八咫烏

・籠の中の鳥のように逃げられない様

・妊婦のお腹の中にいる子供

・これから処刑される罪人

いついつでやる

・いつ出会う?(出会う)

・いつ出ていく?出ていける?(出遣る)

よあけのばんに

・夜明けの晩=真夜中過ぎ

・夜明けの番人=ニワトリ

・朝早くから夜遅くまで

・臨月

・夜が明けた夜=明けない

・夜明けのような晩のような曖昧な時間

・全く存在することのない時間

つるとかめがすべった

・縁起の良い象徴が滑る=良くない事が起きる

・すべった=統べた=鶴や亀を象徴する為政者が統治した様

・京都の歌詞「つるつる つっぱいた」が変化したもの(ずるずると引っ張ったの意)

・上と同様に変化したものでするすると突っ込んで入っていったの意

・長寿の象徴の2つが滑る=処刑される

うしろのしょうめん だーれ

・真後ろにいるのは誰?

・斬首された首が体と逆を向いて「私を殺したのは誰?」と聞いている

・罪人の首を斬ったのは誰?

・取り憑いていたのは誰?

・影で操っていたのは誰?

・「しょうめん」は一部の地域では「しょうねん(少年)」とも歌われている

かごめかごめの発祥について

千葉県野田市発祥と 籠(この)神社発祥、2つの説があります。

千葉県野田市

昭和初期に山中直治によって記録された千葉県野田市地方の歌が全国へと伝わったとされ、野田市が発祥地といわれています。

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千葉県野田市の東武鉄道野田線「清水公園駅」からほど近い場所には、童謡「かごめかごめ」の歌詞が刻まれた台座の上に、座り込んで両手で目かくしをした子どもの像が乗ったもの、万歳をした子供の像が乗ったものがあります。

これはあくまで童謡としてのかごめかごめは野田市の発祥という意味であり、山中直治という教師、作曲家の方が千葉県野田市で「かごめかごめ」の歌を採譜したため、童謡と位置付けられたために発祥であるとされているようです。

童歌としてのかごめかごめの発祥であるという意味ではありません。

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野田市内にある愛宕神社には子どもと籠と鶏があり、「籠の中の鳥」の彫刻である事がわかると思います。

野田市発祥とされたのは上記のように昭和初期に採譜され、童謡として広められたのが野田市だったという事ですが、この彫刻は文政7年(西暦1824年)のものです。

東京都港区の愛宕神社といえば徳川家康が創建した事でも知られています。

野田市の愛宕神社はそれからかなり時間が経ってから創建されたものですが、どことなく徳川埋蔵金の説が信憑性が増すような内容ですよね。

そのため、何か関連があるのではないかとも噂されています。

また、愛宕神社自体、京都の愛宕神社を勧請したもので、古くは愛宕ではなく「阿多古神社」と呼ばれていたそうです。

創建は大宝年間(701-704年)で、修験道の祖とされる役小角と白山の開祖として知られる泰澄によって朝日峰に神廟が建立されたのが創建とされるという事から、修験者によって全国に広められたという説も信憑性を帯びますが、何をもってここに籠の中の鳥の彫刻があるのかはわかりません。

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籠(この)神社

籠神社は京都府宮津市大垣にある神社で、元伊勢の一社で「元伊勢籠神社」とも呼びます。

こちらの宮司さんは「カゴメ唄」が籠神社発祥であると断言されています。

籠(かご)というのは籠(この)神社を指していて、籠の中の鳥は籠神社の祭神。

鶴と亀の鶴は伊雑宮の日神を指していて、亀は籠神社の海神を指すもの。

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また、伊雑宮と伊勢神宮を結ぶとその先には籠神社が位置します。

後ろの正面を籠神社が指すのかもしれませんね。

まとめ

深くとらえないで歌詞を考えると、真ん中のオニをかこめかこめとはやし立てて、当てられるかな?いつ当たるかな?鶴と亀が滑るように当たらないかも、後ろにいるのはだーれだ?のように普通に遊戯を表す歌になるような気もするのですが、何か含みがあるのではないかと色々な説が噂されているかごめかごめの意味や説について紹介しました。

最近では童歌を子供が歌わなくなっているそうですね。

お遊戯などもアイドルなどの人気曲、流行りのJ-POPを使う事が多いらしく昔ながらの歌を知らない子供が増えているといいます。

いつかはかごめかごめも誰も歌わなくなる時代が来て、一部の地域でひっそりと伝わる存在になるのかもしれません。

実際、どの説も本当にあり得るのではないかと思える内容ですからね…。

そうなった時はより神秘性が深まり、更に色々な噂が出そうな気がしますね。

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