和歌山毒物カレー事件・林真須美の現在。動機は?子供は?冤罪って噂は本当?

和歌山毒物カレー事件・林真須美の現在。動機は?子供は?冤罪って噂は本当?

hayasimasumi0

1998年7月25日、和歌山県和歌山市の夏祭りのカレーに毒物が混入した和歌山毒物カレー事件。

今でも色々な噂がされる事件ですが、詳細はどうだったのか、冤罪だったという噂はどうなのでしょうか。

無罪を主張しながら2009年に最高裁判所で死刑が確定したものの、色々な疑問が残る事件です。

林真須美死刑囚の動機や家族構成など、冤罪の可能性や当時の事件の状況をまとめています。

Advertisement

和歌山毒物カレー事件の概要

wakayamakare01

1998年7月25日、和歌山県和歌山市の園部地区で行われた夏祭りでカレーを食べた67人が腹痛や吐き気を訴え、合計4人が死亡した事件

死亡したのは小学4年の男子児童と高校1年の女子生徒、園部第十四自治会の会長と副会長の4人です。

保健所は事件直後、食中毒だと判断しましたが、和歌山県警は吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸カリが犯行に使われたとみて捜査を進めます。

しかし、症状が青酸中毒と一致しないという指摘から、科学警察研究所が改めて調査したところ亜ヒ酸の混入が判明します。

ここまでで食中毒→青酸カリ→ヒ素と、原因の見立てが二転三転するのも非常に珍しく異例の事件であったと思います。

森永ヒ素ミルク中毒事件で有名になったヒ素ですが、この事件でも周知されるきっかけとなったのではないでしょうか。

この件を受け、ヒ素が検出されたカレーを調理していた人物を容疑者候補として捜査を開始し、林真須美の名前が浮上しました。

また、林真須美といえば逮捕前に報道関係者へホースで水をまいている姿が思い浮かぶ人も多いですよね。

見るからにふてぶてしい態度で、犯人だと報じられた時にはやっぱりと思った人も少なくなったようです。

しかし、ふたを開けてみれば和歌山毒物カレー事件が報じられた際に家をマスコミが取り囲むようになり、蚊にさされないようにキンチョールを持って行ったり色々と気を回していたものの、トリモチをつけた棒で郵便物を抜いたり家にはしごをかけられて子供の部屋の写真を撮影されたりしていたため、放水するように夫の健治さんが指示したのだといいます。

いかにも犯人というイメージをそれで持つようになった林真須美ですが、彼女が犯人だったのかは様々な観点から確定とは言い難く、今でも多くの謎が残っています。

逮捕までの経緯

wakayamakare02

容疑がかけられた後、警察が調べたところ林真須美死刑囚やその夫の周りに多額の保険金が流入している事に気づき、最初は保険金詐欺容疑で強制捜査が行われ1998年10月4日、夫とともに和歌山県警捜査一課・和歌山東警察署による捜査本部に逮捕されました。

その後、カレーの事件についても捜査が及び、12月9日、カレーへの亜ヒ酸の混入による殺人と殺人未遂の容疑で再逮捕され12月29日に和歌山地方裁判所に起訴されることとなります。

林真須美は保険金詐欺については容疑を認めていたものの、亜ヒ酸の混入による殺人は全面否認したまま裁判となり、1999年5月13日に和歌山地裁で開かれた第一審・初公判では検察側は約1700点もの証拠を提出。

1審の開廷数は95回、約3年7か月に及びます。2審は結審まで12回を要しました。

犯行と林真須美を結びつける証拠がなかったので、当日の祭りを再現するなどして警察は状況証拠を積み重ね、他に犯人がいないことを立証します。

林真須美は逮捕されてからもずっと黙秘を続け、弁護側も無罪を主張していましたが、動機は認定できないが、ヒ素を混入できたのは被告だけだと認定、死刑が宣告されました。

また、別件で逮捕されていた3件の保険金詐欺事件で総額約1億6000万円を詐取したとして詐欺罪の有罪が確定し、夫も収監されることとなります。

2005年6月7日に刑期を満了し出所しました。

殺人事件で、死刑を宣告するという重大な裁判だったのですが、証拠がなく消去法によって死刑が確定してしまう事に疑問を感じてしまいます。

しかも、どのように状況証拠を重ねたかというと、住民たちの証言をもとに1分刻みのタイムテーブルを作成したというのです。

1週間前に何をしていたか時間に狂いもなく思い出せる人はいるのでしょうか。

結局のところ、証言の積み重ねも最大で五十分前後の開きがあったといいます。

また、事件発生直事後に林真須美の他にカレーライスを担当していた主婦がこのような証言をしています。

知らない人も出入りしたが、当番でコンビを組んだ相手の知り合いと思った

警察はこの点は証言があるにも関わらず考慮せず、犯人は夏祭りの関係者の中にいる事を前提に証拠がない中で証言による捜査を行いました。

林真須美の生い立ち、プロフィール

hayasimasumi03

本名:林真須美(はやし ますみ)
生年月日:1961年7月22日
出身地:和歌山県
職業:専業主婦
配偶者:林健治(はやし けんじ)

1961年7月22日、3人兄妹の長女として和歌山県で生まれ、大阪の看護学校卒業後、林健治氏と結婚。1男3女の母。

林真須美の幼少期

hayasimasumi1001

小さな漁村の生まれで3人兄妹の末っ子として産まれます。

兄が上に二人おり、共働きの家庭で育ちます。

父親はおとなしい性格で、母親は外交的な性格の保険外交員でした。

家庭は経済的にも周囲の中では恵まれた方ではありましたが、親の不在は多く、あまり遊んでもらえなかったそうですが素直で明るかったと証言されています。

経済状況をあらわす逸話に、当時、周りでは珍しくピアノを買ってもらっていたという事から裕福である事が伺えます。

末っ子のためにピアノを購入するというのは当時の状況では本当に珍しかったと思います。

また、明るい子ではありましたが、それと同時にかなりの負けず嫌いでもあったようです。

林真須美の学生時代

hayasimasumi01

幼少期とは違い学生時代には明るいといった印象は薄れ、内気で大人しい性格へ変わったといいます。

しかし、幼少時代から負けず嫌いなのは変わらず、普段は穏やかでもテストで悪い点をとると期限が悪くなるなどの面があったそうです。

また、怒った時にはヒステリーを起こし、周囲を驚かせることもあったのだとか。

高校は和歌山県立箕島高校に進学と噂されていますが、真偽は不明です。

高校卒業後は大学付属の看護学校に進学。

しかし、寮はルールに厳しく生活自体が嫌になり自由を求めるようになっていったそうです。

そんな折に出会ったのが夫である林健治です。

当時2年生、19歳だった林真須美を高級車で迎えにきて、20万円もするネックレスなど高価なプレゼントを渡し、金銭的にも裕福で既婚者にも関わらずギャンブルで見たこともないようなお金をつぎ込むなどとにかく自由だった林健治に恋をするようになります。

これは看護学校が厳しいしつけや規則の反動であるのかもしれませんね。

そのような生活から解放してくれる男性だと感じたのではないでしょうか。

林真須美の結婚生活

hayasimasumi02

1983年、22歳のころに林健治と結婚。

看護学校を卒業した後、すぐ結婚したといいます。

当時、既婚者だった林健治は妻と離婚し、この結婚が3度目になります。

林健治はDV癖があり、披露宴の際に行き違いがあり激昂し林真須美の顔を平手打ちし殴ったといわれています。

その後、林健治はギャンブルなどで散財し破産。

経営していたシロアリ駆除の会社も倒産することなり、家賃3万円のアパートで夫婦共働きの生活を送ることになります。

林真須美はウェイトレスや化粧品販売に従事していたのとのこと。

その甲斐もあってか結婚2年目の1984年には新築一戸建てを3500万のローンを組み、長男と長女も生まれ、翌85年には次女が生まれます。

しかし、結婚後、働かなくなった夫に不満が募っていったといいます。

「早く死んだらいい」
「カスを掴んでしもた」

次第に最初は裕福だった夫の収入もなくなり競輪などのギャンブルにハマる夫を心底憎むようになります。

保険金詐欺で多額の金銭を得る生活に

林真須美が最終的に就いていたのは保険外交員。

これは母親の影響もあったといわれていますが、そこで培った知識を元に夫の林健治と保険金詐欺を働くようになるのです。

1993年、林健治がわざと骨折し、バイク事故として後遺障害保険金を2052万搾取。

1996年、林真須美がわざと両足に火傷を負い、バーベキューの炭火に自転車で突っ込んだ事故と偽り入院給付金を459万搾取。

1997年、林健治がわざと亜ヒ酸を飲み保険金を得ようとして失敗。(くず湯事件)

このころ、林真須美の母親が急性白血病により亡くなり保険金1億4000万が入り込んできますが、これも亜ヒ酸を実母に飲ませたといわれています。

1997年、知人男性に亜ヒ酸入りの牛丼を食べさせ1億2910万を搾取しようと思ったけれど死亡しなかったため入院給付金539万を搾取。

1997年、亜ヒ酸を飲み後遺障害で入院している林健治の容態を重く見積もり高度障害保険金1億3786万円搾取。

1998年、再び知人男性に亜ヒ酸入りうどんを食べさせるも、ここでも再度失敗。

この一連の保険金詐欺を経て、毒物カレー事件へと繋がっていきます。

Advertisement

犯行の動機は?

wakayamakare03

林真須美は法廷で動機について一切語りませんでした。

保険金詐欺については認めておりますが、一審から最高裁まで一貫して無罪を主張しています。

そのため、真相はわからずじまいなのですが、最も動機として有力とされたのがカレーを作っていたガレージ内で主婦たちに疎外された事に腹を立て犯行に及んだという説です。

この時、林真須美は多額の保険金を得ており、それを動機にするには弱いと死刑判決に異を唱える声も多くありました。

当時、林真須美の住んでいた地域はシロアリ被害が多く、亜ヒ酸は普通に殺虫剤として使われていました。

そのため、同地域でも他に6件ほど亜ヒ酸を所持している家庭が見つかっているらしく、冤罪ではないかともいわれています。

保険金詐欺を働くのは典型的な知能犯です。

そのような人が起こす事件としてはいささか粗暴な気もします。

しかし、殺人に及ぶ理由で最も多いのが恨みや怒りなどの感情が理由となっているケースです。

無視というのは、実際にされてみてその不快感がはじめてわかるものであり、今までの性格からヒステリーのような衝動的に犯行に及んでしまったのかもしれません。

2009年死刑が確定

2002年12月11日に開かれた第一審判決公判で和歌山地裁は被告人・林の殺意とヒ素混入を認めた上で「4人もの命が奪われた結果はあまりにも重大で、遺族の悲痛なまでの叫びを胸に刻むべきだ」と断罪し検察側の求刑通り被告人・林に死刑判決を言い渡しました。

林真須美はこの判決を不服として、大阪高等裁判所に即日控訴します。

2004年4月20日に大阪高裁に控訴審初公判が開かれ、控訴後は黙秘をやめ自身の言葉で無罪を主張するものの、意図的な印象操作やねつ造と判断され高裁は供述の信用性を否定します。

2005年6月28日の控訴審判決で「カレー事件の犯人であることに疑いの余地はない」として第一審の死刑判決を支持し控訴を棄却しました。

林真須美はこの判決を不服として、即日最高裁判所に上告しました。

2009年4月21日に最高裁第三小法廷は「鑑定結果や状況証拠から、被告が犯人であることは証明された」とし、林真須美の上告を棄却します。

林真須美は2009年4月30日付で死刑判決の破棄を求めて最高裁第三小法廷に判決の訂正を申し立てしますが、申し立ては同小法廷の2009年5月18日付決定で棄却されました。

1998年7月25日に事件が発生してから約11年。

2009年5月18日付けで林真須美の死刑が確定しました。

林真須美は戦後日本では11人目の女性死刑囚となりました。

林真須美、冤罪の可能性

wakayamakare04

この事件に対しては殺意が伺えないという見方が強いです。

亜ヒ酸自体が普通に出回っている地域で家庭にもあったため、それが人を死に至らせるような毒物としての認識があったのかどうか、135グラムと物凄い量の亜ヒ酸が用いられているけれど、4つあった鍋の内、1つにしか入れられていません。

裁判では以下の理由で林真須美が犯人であると認定しています。

①カレー鍋に混入されていた亜ヒ酸と被告人の自宅等にあった亜ヒ酸が同一であること
②被告人が午後0時20分から午後1時までの間、1人でカレーを見張っており、カレー鍋に亜ヒ酸を混入する機会があったこと
③他の時間帯において、他の者が亜ヒ酸を混入する機会がなかったこと
④被告人およびその家族がカレーを食べていないこと
⑤くず湯事件をはじめとして、被告人が過去、飲食物に亜ヒ酸を混入して他人を殺害しようとしたという類似の犯罪を行っていること

①林健治は当時、亜ヒ酸をプラスチック容器に入れて、夏祭り会場に面した貸ガレージに置いていたため、誰でも中に入れる状況でした。また、同一だったというのも「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸」という意味であって、林真須美が所持していたヒ素と同一のヒ素という意味ではありません。和歌山県だけでも当時はかなりの数出回っていたものですし、所持していたのも周辺で20人を超えるといいます。この鑑定で犯人と断定する事はできないはずです。

②林真須美は一人ではなく次女とずっと一緒で次女もずっと一緒だったと証言している。近所の女子高生は白いTシャツを着た林真須美を見かけたと証言していますが、当時、林真須美が着ていたのは黒のTシャツで、これは林真須美本人ではなく次女であったとみられます。当時、次女は身長160cm、体重70kgと林真須美の体型とそっくりだったため見間違えたのだと思います。また、それだけでなく、その場所には4歳になる末っ子もおり、その際に次女はカレーの味見をしています。

③カレー鍋が運ばれたのは午後3時で、夏祭り会場へと運ばれていますが、夏祭りの準備中という事もあり、多くの人が会場に出入りをしている状況だったため、林真須美だけが混入できる状況ではありませんでした。カレーが振舞われる午後5時には蓋が外され、再度加熱され、入れ代わり立ち代わりで1時間に渡りかき混ぜられたらしく、その際に誰かが混入できないという事はありません。また、

④これは急遽予定を変更し長女と三女を家に残して急遽カラオケに出かけています。この時、出かけるにあたってカレーを食べてはいけないという指示はされていなかったといいます。しかも子供のご飯も用意していなかったとのことなので、偶然食べていないだけで、食べる可能性は十二分にありました。自分の子供がそのような危険な状況になるのは明らかであり、犯人であるとしたら何も指示しない状況は不自然です。

⑤林健治は林真須美について「自分の得にならない犯罪はしない」と断言しています。確かに今までの保険金詐欺の流れと同様の手口でしたが、当時、大量の保険金を得ていた林真須美が犯行に及ぶには動機が乏しすぎるという点は考慮されていません。

このように、どれも根拠に乏しいという指摘があり、確かに冤罪の可能性がありそうですよね。

しかし、くず湯事件を含めて4件ヒ素を用いた事件を起こしているので、状況判断から林真須美が疑わしい事は否定できません。

冤罪だった場合、考えられる犯人は?

wakayamakare05

夫、林健治は真犯人がわかったと口にしています。

当時、新興住宅地だった現場は、住民の対立関係などのしがらみがあり、ただでさえキレやすい林真須美は住民と揉めて激昂することもあったのだとか。

その近隣住民のA氏は林真須美と同じ条件を満たしていて、当時カレーに亜ヒ酸を投入できる立場にあったそうです。

性格も林真須美同様にキレやすい性格で、よく揉めていたといいます。

控訴審では林真須美が

「カレー調理場のガレージに戻った時、近くに男2人が立っていた」
「二女とカレー鍋の見張りをしている間、別の男が通りかかった」

このように証言しています。

また、ネットなどでも有名ですが次女が犯人では?という意見も多々見受けられます。

目撃証言でも間違えられたこともあり、当時は亜ヒ酸をカレーに混入できる場所にいました。

それを庇って冤罪でも言い出せないとすると、つじつまが合うという話なんですね。

しかし、次女がカレーの蓋を開けていたという証言がありますが、2つあったカレー鍋のうち、ヒ素が混入されていない方の鍋だった事が判明しています。

また、死刑確定後にヒ素が混入された方の鍋は目撃者から死角になっていた事が再調査で明らかになったため、次女が犯人という可能性は薄いのではないでしょうか。

林真須美の死刑執行日はいつ?

2009年に最高裁で死刑が確定したのちも、再審請求を続けていましたが2017年3月に和歌山地裁は再審請求を認めないと決定しました。

昨年は歯も抜けおち減塩のおかゆを食べていたと記されています。

具体的な執行日は未定ですが、再審請求が却下されているので間もなくではないかといわれています。

林眞須美の現在

現在、林真須美は大阪拘置所に収監されています。

2018年8月には林真須美死刑囚の支援者の集会が行われています。

夫や長男を含めた100人が集会には参加しており、林真須美死刑囚の無罪を主張しています。

今まで何度も夫の健治さんに離婚届を送っていますが、離婚は成立していません。

拘置所に入っている間に支援者の稲垣浩さんと養子縁組し、現在は別の姓を名乗っているといいます。

子供のその後

hayasimasumityounan01

林真須美が逮捕された後、子供たちは和歌山県の養護施設で暮らす事になります。

長男は「人間として最底辺まで落ちた」と語るほどに酷い生活を強いられたようです。

養護施設では日常的に暴力を受け、生傷が絶えない日を過ごし、あだ名は「ポイズン」と呼ばれ、給食のカレーに乾燥剤を入れられたこともあったそうです。

また、中学3年生の頃は女性非常勤職員から性的虐待の被害にもあい、それは高校3年生になる直前まで続きました。

その女性職員は保育士資格を抹消され懲戒解雇されています。

また、他の姉妹も同じように殴られたり小遣いを取り上げられたりした事もあったといいます。

施設を出てからも「林真須美」という名前は重く、飲食店でバイトを始めた時は息子だと判明すると即日解雇された事もあったのだとか。

今では運送会社に勤務しているという事ですが、母を信じたい思いと、被害にあった人を思う気持ちで葛藤を繰り返しているそうです。

警察が動機も証拠もなく死刑をくだした事件

この事件に関しては動機も実証もましてや自白もありません。

ただ、状況証拠により死刑が確定された事件です。

これは警察が印象操作して被害者に聴取すれば十分可能な事であり、また、科学鑑定の鑑定人が鑑定事項を明確にしていないので不利な結果を作ってほしいといわれたらその通りになります。

冤罪なのかそうでないかは誰にもわかりません。

別人にヒ素を飲ませる行為をした事実もあるため、林真須美が悪くないという訳でももちろんありません。

法が湾曲された印象操作で決してしまうという可能性を示唆した事件でもあるので、真相の究明は必要だったのではないかと今でも考えさせられる事件だと思います。

Advertisement

事件・事故カテゴリの最新記事