栗城史多ってどんな人?指を失った原因、死亡原因は?「嘘つき」と呼ばれていた理由

栗城史多ってどんな人?指を失った原因、死亡原因は?「嘘つき」と呼ばれていた理由

エベレスト登頂を目指していた登山家の栗城史多さんが5月21日、エベレスト山麓C2で亡くなったと報じられました。

専門家からは無謀とされていた挑戦ではあったのですが、命をかけてまで挑んだ理由はなんだったのでしょうか。

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栗城史多プロフィール

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名前:栗城史多(くりきのぶかず)
生年月日:1982年6月9日
出身:北海道瀬棚郡今金町
出身校: 札幌国際大学
肩書:株式会社たお代表取締役

2009年、2010年、2011年、2012年、2015年、2016年、2017年とエベレストに挑んでいますが、全て登頂には失敗しており、2018年8度目の挑戦にしてエベレストで命を落としました。

2012年の登山の際に凍傷にかかり、指9本を切断するほどの影響がありました。

以前から登山の様子をネット配信しており、今回はAbemaTVで放送される予定でした。

登山を始めたのは2002年からで、2004年には初の海外旅行でマッキンリーに登頂。

それから毎年のように登山を行っています。

下山家と揶揄されていた

著名な登山家の方からも厳しい言葉をかけられていたようで

近藤謙司さんは「勉強しないのにお金もらって東大を受け続けているようなもんだ…」

野口健さんは「あまりにもリスクが大き過ぎる」

服部文祥は「登山家としては3.5流」

このように栗城さんに語っています。

登頂に失敗しては下山を繰り返す姿から、登山家じゃなくて下山家だろなどの揶揄もあった栗城さん。

多くの登山家が彼に対して継承を鳴らしていたほど、見ていて危うかったといいます。

栗城史多の死因は

下山中に低体温症で亡くなっていたところを撮影スタッフが発見したとされています。

5月21日は栗城さんが初めてマッキンリーに登頂するために日本を出発した日。

そして死亡が確認されたのは2018年5月21日。

奇しくも始まりの記念日と終わりの日が同じ日付けとなってしまいました。

なぜ亡くなったのかについては続報が出次第紹介したいと思います。

栗城史多が指を9本切除、理由と画像

20012年凍傷のため指9本を切断することとなりました。

理由は、スマホを触るために穴あきの手袋を利用していた事が原因だったといわれています。

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登山中の様子を配信していたため、スマホに触る必要があったんですね。

その後、切断をしなければならないという診断の中、栗城さんは切断をしない選択を選び、様々な再生医療を試みます。

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まずはインドに渡り治療を開始しましたが、結果、日本と同様の治療しか受けられず、帰国の前には感染症にかかってしまう結果になってしまいます。

切除しなければならない状況を放置していたため、その後、指はミイラ化。

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指が生える魔法の粉、アメリカの再生医療など、眉唾なものにまで手を出し、諦めずに指の回復法を探しました。

しかし、結果は全て効果がなく、2013年には左手の指を切断手術。翌年の2014年1月には右手の指も切断手術を行いました。

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栗城史多が嘘つきと呼ばれた理由

栗城さんはよく「嘘つき」と呼ばれる事があります。

その理由は以下の通り。

元ニート、元引きこもり

栗城さんが紹介される時、また自称で「元ニート」「元引きこもり」 とされていますが、これは話題を集めるために呼ばれるようになっただけで、ニートでも引きこもりでもありません。

日本テレビのプロデューサーが「ニートのアルピニスト、初めてのヒマラヤ」とタイトルをつけたため、それから自他ともに元ニートと呼ぶようになりました。

七大陸最高峰の無酸素単独登頂と発言するも撤回

栗城さんは
「世界初、前人未踏、世界7大陸最高峰の単独無酸素登頂を目指す」
「日本人初、世界7大陸最高峰の単独無酸素登頂を目指す」
とマスコミなどに発言していました。

これは条件的に難があり、単独登頂に関してはキリマンジャロとビンソンマシフは単独で登る事が許可されていないし、無酸素に関しては酸素ボンベが必要なのはエベレストなので、それ以外の山には無酸素という概念自体が存在しません。

2011年にはTwitterで「7大陸最高峰無酸素単独を目指すみたいな表現をされるけど、 僕は一度もそんなことは言ってない」と発言しています。

しかし、本人のブログなどのプロフィールでは

世界第6位の高峰チョ・オユー(8,201m)の単独無酸素登頂に成功し、前人未到の世界7大陸単独無酸素登頂まで、南極最高峰のビンソンマシフと世界最高峰のエベレストを残すのみに迫った。

実は僕には大きな夢があって、 それは世界7大陸の最高峰を単独でしかも無酸素で登ろうとしております。

このような記述があり、スポンサーを募るために誇大広告を打っていたのではないかとして嘘つきだと言われる原因の一つになっています。

単独登頂は噓

単独登頂というのは基本的に誰の助けも必要とせず、ベースキャンプから自分ひとりでルート工作や荷揚げも行い、自分一人で登頂して一人でベースキャンプまで降りてくる事を基本的には指します。

しかし、彼の場合はた最終キャンプあたりまでシェルパなどがルートを工作して荷揚げをして、本人は最終キャンプから山頂までを一人で登り単独登頂としているんです。

実は、単独登頂に関しては明確なルールはありません。

そのため、確かに彼のしている事は部分的に単独登頂ではあるため、その言葉を用いる事も不適切ではないのかもしれませんが、今まで登山家達が作り上げてきたルールを冒涜して、あたかも世間にイメージが根付いている単独登頂を行ったように見せていたため、多くの登山家たちからも批判される結果となったのです。

ひたむきに挑戦していた事も事実

エベレストに登山するためにはかなりの費用がかかります。

登山許可取得料金
保険料金
ルート使用料金
人件費(シェルパ等)
装備代
旅行代金(航空券 宿泊費)
諸経費

最低でもこれだけの費用がかかり、大凡の総額は700万円といわれています。

多くの登山家たちはこの費用を捻出する事ができずに諦めてしまいますが、挑戦するためには何が必要なのでしょうか。

そう、スポンサーを募る事が必要になるのです。

しかし、今は中々スポンサーも付きにくく、話題になるかどうかが焦点になります。

栗城さんは先程も紹介しましたが、話題には事欠かなかった人物です。

これを狙ってしていたかはわかりませんが、スポンサーを得るための話題作りには成功していたと考えられます。

そして、実際にエベレストへの登頂を失敗しながらも何度も繰り返しています。

実際に挑めない人が多い中、栗城さんはそれを実現させています。

多くの人がそれまでの手段を諦めてしまう中、やりきったというのは本当に凄い事だと思います。

実際に指を失う事態にもなり、それからも挑戦するというのは並大抵の覚悟ではなかったのではないでしょうか。

結婚はしていた?彼女の有無は

結婚をしていたという情報はなく未婚だったと考えられます。

彼女に振られた事で大学1年生の時に山岳部に入ったようなのですが、その後、誰かとお付き合いはあったと思いますが結婚までは至っていなかったようですね。

危険を冒して挑まなければいけない状況の中で、結婚は難しかったのかもしれませんし、いつどうなるかわからないことからの相手への気遣いもあったかもしれませんね。

野口健さんからも悲しみの言葉

野口さんは、栗城さんの挑戦を無謀としていながらもその姿勢に関しては認めていたようです。

無謀といわれたのに挑んだ理由は

登山家や専門家からも、エベレスト登頂は難しいとされていた栗城さん。

今まで7回の失敗を繰り返し、指を失う結果となりながら、今回はエベレスト登山の中でも難易度の高いルートでの挑戦でした。

そのため、今回も100%無理だという声が強く、野球で例えるならば大学生選手がメジャーリーグで本塁打記録更新を目指すようなものだったと例えられています。

しかし、その無謀な挑戦があったからこそ、多くのファンができ、多くのスポンサーもつきました。

登頂に成功するのではなく、チャレンジ精神を見たい。

このような声が多く、見る人に勇気を与えていたのは確かです。

しかし、多くの甲子園児、大学野球の選手、社会人野球の選手の中から選りすぐられたプロ野球という世界の中で、メジャーリーグへ行けるのは一握り。

更にそこから記録を残せる選手は歴史に名を残せる程度の人数しかいません。

栗城さんがしようとしていたのはそういう事だそうです。

そのためには野球に人生を捧げるほどに野球に没頭しなければ難しいはずです。

登山にしても年間数百日という単位で山を登り、他の難関と呼ばれる山を制覇しつつ経験を積み、地形などについての知識を深めてルートの研究を欠かさないという登山に没頭している人でも達成できるかどうかという内容であるにも関わらず、そのような素振りが見えなかったといわれているので、はっきりと今回の挑戦は無謀であったといえるでしょう。

しかし、無謀でありながらなぜ挑戦を止めなかったのか。

それは見ているファンに勇気を与えたかったのか、もう引くに引けない状況だったのか、登山ではなく興行としてだったのか、今となってはわかりません。

しかし、本人の責任ではあるとはいえ、登山ビジネスを支えていた人たちも今回の件には少なからず影響を及ぼしていると思います。

無謀さが格好いいというのは非常に無責任で、特に登山は著名な登山家であってもいつ命を落としてもおかしくないほどの危険があります。

また、技術不足が理由で、同行するスタッフ、シェルパの負担も増え、それだけ周りを危険に晒す可能性も増します。

せめて挑戦するのであれば、日々の研鑽は必要不可欠だと思うので、その無謀さを讃える事も追い込んでしまった原因の一つなのかもしれません。

今となっては彼の心情を知ることはできませんが、本当に沢山の挑戦お疲れ様でした。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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